親が外科医なので夜中でも呼び出されて手術にいく姿を子供心にかっこいいと思い、将来を考えた時やはり医師を目指すことにしました。家族も応援してくれていました。といっても、医師になるための勉強ばかりをしていたわけではありません。
高校では生徒会に所属。高3でステージ局長に推薦され忙しいけれど充実した時間を過ごせました。静学祭のステージの順序や組み合わせ、リハーサルの日程など、ステージに関するあらゆることに対して、様々な情報から最適解を見つけていく作業。この経験から考える能力がだいぶ鍛えられました。本番のステージの裏で、皆が喜んでいる様子を見て感じた達成感、醍醐味。医師も、患者さんの話を聞いて自分の知識を使って、できるだけ負担を与えない最適解をみつけていく仕事。共通点を感じました。
勉強面ではスタートが遅れ1年予備校で過ごすことになりました。全力を注いだ高校生活に後悔はありませんが、もう少し切替えをうまくやっておけばという気もあります。解けない問題が多いと気持ちが続かなくなり理想的な受験生ではありませんでした。正直に言うと医学部受験をなめていたかもしれません。それでも高校時代に最低限の勉強習慣もついていたし、先生に質問に行くことも慣れていたので、予備校では着実に成績が伸び、母の郷里でもある鹿児島県の国立大学に無事合格しました。
母校のサッカー部がセンタ−1週間前に選手権で優勝を決めたことも大きな励みになりました。自習室でこっそりラジオを聞いていましたが、トイレに駆け込んで雄叫びをあげてしまったほど。
新型コロナウイルス禍の今、医学を学ぶものとしてとても使命感を感じています。将来は、できれば静岡に戻って、ちゃんと患者さんに寄り添える医師になりたいと考えています。







